自分の人生には牛角あり(もう興味なければ離脱して下さい。汗)

(語っていたら止まらなくなりました。かなりテーマと脱線しておりますが、
今では、「私の職歴を語ることで、少しでも人物像を知って頂くためだ!」と開き直りつつあります。
どうぞお付き合いください。。。。汗)


【勝手に運命を感じています】西山社長に感謝です。(その1)

【勝手に運命を感じています】西山社長に感謝です。(その2)


保険会社に在職中の最後の1ヵ月は、営業と転職活動と半分ずつの工数でした。

「保険は人生に寄り添うもの。」
辞めることを決めている自分が、新規で契約を頂いたらお客様に失礼だろう
なんて大義名分を掲げていました。

自分が転職先として決めて活動していたのは一社のみ。
「WE ARE NEW BUSINESS CREATOR」を掲げるベンチャー・リンクという会社でした。
募集広告には大きく、「企業家輩出機関」と銘打ってあります。

ビビビッときましたね。
震えましたね。
「かっこいい~。」が最初の動機です。

後継者である兄がいましたが、父親が経営者という事もあって、
「企業家輩出機関」という言葉は、全身に響き渡りました。

何かに導かれるようだったんです。不思議と。
何気なくコンビニに入り、手に取った転職情報誌の「ビーイング」
何気なくめくったページに「ベンチャー・リンク」
ビビビッと来たので、その場で電話してエントリー。
ほんの5分間の出来事で、人生を大きく左右する事柄を、何の躊躇もなく決定して行動していました。


内定を頂くまでには、様々な壁がありましたが、今思うと、どれも「やる気」「意識の高さ」
「行動力」等を見るものであって、能力や優秀な回答で合否を決めるというスタンスではありませんでした。

適性試験をクリアして、一次の集団面接では、今では労基上よろしくないようなやりとりもあり、
社長の執筆本を読んでいなかったために、強制退場させられる応募者ありという波乱でスタート。

二次面接では、自分が希望していたSV(スーパーバイザー)という職種について、「どういう役割を担うべき存在なのか?」
を面接官に聞かれた際に、明確に返答することができませんでした。

その際に面接官から、
「自分が就きたい職について、明確に職務を回答できないこの状況から、あなたのやる気や
志望理由にどう根拠を持たせることができるのか?伝わってくると思いますか?」
というような言葉を頂いたと思います。
もちろん、そのような者の面接は時間の無駄であり、その瞬間に強制終了となりました。

もう、ぐうの音も出ないので、「ダメか。。。。」とあきらめて帰ろうとした時、
「あなたがそれでもSVになりたいのならば、〇日の〇時に、ここでもう一度面接のチャンスを与えます。
その際に、SVの職務について、A4レポート用紙20枚にまとめてきてください。」

それで、保険の営業中に喫茶店に入って、日比谷図書館に行って、場合によっては広尾の中央図書館まで
遠征して(職場は銀座)、レポート作成の工数に充てたという話になるわけです。

これは、どうかここだけの秘密にしておいてください。


作成したレポートをもって二次面接のやり直し。ドキドキしながら、今度はどんなことを聞かれて論破されるのだろうと
構えていましたが、席についてレポートを提出した瞬間なんと、、、、、
「では三次面接を設定するので、連絡を待っていて下さい。」

二次面接クリア・・・・・。


という事で、最終面接もクリアして、晴れて内定を頂くことができました。
現職への建て前もあり、1ヵ月以上前に辞意を伝える必要があったので、入社時期はある程度余裕をもらいました。

私が、屋号を変えた「七輪」に再会するのは、その45日後のことでした。



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